FUJILOG

Fujilog#6 再掲・就職活動について(建築アトリエ系)

※4年前にweb magazineに掲載した原稿の再掲です。

 

冬本番で、どうやら就職活動の季節がやってきたらしく、久しぶりに会う後輩や教え子から人生相談を受けたりする。(まあ大学の設計教育の大半はほぼ人生相談をしているようなものかもしれないのだけど。)

建築家の事務所の就職活動は、大体はポートフォリオと呼ばれる作品集の一発勝負である。

ポートフォリオを送って、気に入ってもらえたら面接や即日設計が受けられ、場合によってはトライアル期間を経て、どこでも就職が決まってしまう。

ポートフォリオが抜群であればどこでも入れる。

加えて、英語がちょっと喋れれば、世界中どこでもOK。

というすごい世界。

ポートフォリオは、学生時代の作品や活動をまとめた、ファイルのような手作りの本のようなもので、このポートフォリオだけで大丈夫という話を建築家業界以外の人にすると、では人生かかっているのならば、他人のポートフォリオから盗用したりといったズルが横行するのではないかというなかなかスルドイ質問をもらうことがあるが、実は建築のスキルは、いろんな知識が複合された総合的なものであるのと同時に細部の表現にまでその思想が入り込んだものなので、ちょっとトライアルで作業してもらったり、踏み込んだ質疑をしてみれば、どのくらいその作品に係わった人かはすぐに分かってしまう。

しかも、建築家の事務所の就職面接対応は、建築家本人がするので、できる奴に漂う「匂い」みたいなもので、一瞬である程度、判断されてしまう。つまり、建築家として必要なスキルをきちんと鍛え上げれば、かなり平等に就職先が用意されているというすばらしくリベラルな業界なのである。

ではなぜ、学生たちはモジモジと悩んでばかりいるのかというと、建築家のアトリエに就職するべきか、組織設計事務所やゼネコンのような大きな会社に就職するべきか、あるいはこっちのアトリエがいいのかあっちのアトリエがいいのかと延々と解けない問いに向き合うわけである。

まあ、僕に言わせればどっちも実際は会社だし、海外では組織設計でもアトリエ事務所スタッフでも、アーキテクトという呼称は変わらないし、あるいは給料の大小なんて人生全体でみたらどう転ぶか全くわからないので、まずは給料やイメージではなく、どこに自分が身を置いたら爆発的に伸びるのかを考えるべきだとアドバイスするようにしている。

そういってもポカンとしている人が多いので、人生相談時間の短縮のために、「サラブレッド血統メソッドによる建築事務所就職先診断法(通称フジワラ式)」を編み出した。こういう参考書的な感じは、とても日本的で、これで説明すると誰でも理解してくれますので、ここに開陳することにします。(半分冗談なのですが、リクエストがあったので再掲。)

注意1:サラブレッドの血統表と異なるのは、自分の母の欄に2人の建築家を書くことです。これは大学の研究室の教授と大学院の研究室の教授でも良いですし、僕のように大講座制の研究室は、教授と准教授を書いても良いです。何人もの教授といくつもの研究室に所属した人は自分の母と呼べるべき人を2人選んでください。影響の大きな非常勤講師を書いても良いかもしれません。

注意2:父の欄には、就職した(い)先を書きます。いきなり独立したい人は自分自身の思想が父になります。いくつも転職した人は、自分の仕事の仕方に一番影響を与えた人か組織を書いてください。

注意3:母の母は影響力が少ないので、1名に減らして表記します。サラブレッド同様に母の父が重要な血統因子になります。

サラブレッドの血統表の一般的な見方:

サラブレッドの能力の血統的背景を決めるのは、近親配合(インブリード)と血統の遠いもの同士の配合(アウトブリード)との錬金術的な組合せです。インブリードは才能の爆発や濃縮を生むとされますが、同時に怪我しやすかったり、短命になるなどのリスクがあると言われています。アウトブリードによって、スタミナが負荷されたり、血統的な新しい要素が生まれるといわれています。特にアメリカ、フランス、ドイツ、などの違う地域の血統が混ざると大きな変化が生まれたりするといわれています。

僕自身をこの診断によって、検証してみます。

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「藤原徹平の血統的な背景」

 

まず母系に注目します。

この診断法において特異な血統背景を持つ、北山恒という建築家がまず目立ちます。北山氏は学生運動世代で大学教育に反発し、自分自身で海外の社会学や記号論、建築理論を学び、学生時代に同級生と一緒に建築家として独立し独自に実践的探求を模索してきた人です。その道程は、ユニークな建築家血統として如実に表れてきます。山田弘康氏も池辺陽と、エーロ・サーリネンの血統(イエール大系)が入っている珍しい血統背景です。池辺氏は東大でモデュラーコーディネーションを独自に展開した理論派でサーリネンは東海岸らしいリベラルなモダニズムです。母系の整理ですが、北山氏からはマルクスやハブラーケン、ルフェーブルやフィリップ・シール、あるいはイタリアのルネサンスから近代建築への言及が多いので、社会主義・オランダ・フランス・イタリア系の血が入り、山田氏のアメリカ東海岸系の血が母系に混ざるという国際色が豊かな母系に池辺研的なエッセンスがピリリと入る感じです。

 父系ですが、こうしてみると隈研吾氏が非常に堂々たる血統背景を持つことがわかります。東大建築教育の二大血統ラインである、内田研系と原研系の二つを背景に持ち、組織設計就職したものの、独立前にコロンビア大学に赴くことで、非常にアカデミックスケール感の大きな血統背景を獲得しています。生産論、集落論、旅、形態論、ポストモダン、批判的地域主義などの隈氏の引出しの多様さは血統背景からも読み解くことができます。

父系・母系を総合して考えると、内田研×池辺研の建築生産・建築構法的な思想の近親配合(インブリード)や、コロンビア系×イエール系の東海岸ミックスは思想の濃度(偏り)と多様性をバランスよく与えることに寄与しそうな配合です。アメリカの東海岸的リベラリズムとアカデミズムと生産論的・構法的な発想が土壌となり、そこに社会主義・フランス社会学・オランダ合理主義、原研系の集落思想や文学的な興味がブレンドされているので、社会派の色合いだけでなく人類学的な要素が混ざった配合です。(あくまで配合上ですが・・・)。

さて、本題は就職先をどのように探すかですから、試しに他の事務所に就職する事例を想定してみましょう。ここでは仮に、伊東豊雄さんの事務所に僕が就職していた場合を想定してみます。

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「藤原徹平の血統的な背景」(仮)

 

母系は省略です。

父系ですが、多くの若手建築家を輩出する伊東豊雄氏の血統背景ですが、ここでは出身である東大の血統ではなく、篠原スクールと野武士たちを母系に選んでいます。篠原一男氏は数学科出身という稀有な数学的美意識を持つ建築家です。篠原血統が、日本の現代建築のレベルを引き上げたのは間違いないことだと思います。野武士たちというのは、石山修武氏や安藤忠雄氏などの同世代の人たちですが、彼らは、殴りあうほどの大激論の中で次世代の建築について語り合っていたとされていますが、新しい建築を熱望する運動は、あきらかに伊東さんの言説の核にあるので、ここでは母系に選びました。

父の父は、メタボリスト菊竹清訓氏です。菊竹氏は、村野事務所出身であるので、早稲田血統の強い建築家です。商業性への理解や建築の造形力などがこの血統から説明することができます。(あくまで理論上ですので・・・)

もし仮に、僕が伊東事務所に就職できた場合の配合ですが、実は現在の隈事務所を経た僕よりも、母系と父系に近親配合(インブリード)が無い状況です。

駄馬になるか、スケールの大きな健康馬になるかどちらかでしょう。

わずかに爆発が期待される配合要素としては、北山恒氏×篠原一男氏という幾何学的美学の配合や、北山恒氏の社会思想×野武士というあたりでしょうか。

このように表にして想定していくと、非常に客観的に就職先を悩むことができるという、非常にばかばかしくてかつ具体的でためになる診断法の紹介でした。

 

※上記の分析コメントは、あくまで全ては仮定の理論上ゲームのためのわかりやすい設定であることは言うまでもありませんのでご理解ください。

Fujilog#5 毎日新聞原稿残り

随分と事務所のブログ更新を怠っていたのですが、ぼちぼちと再開しようと思う。

まずは昨年連載していた毎日新聞のブックマーク連載の残り。

(なぜか8月13日回だけ見当たらず、一回欠けとなっています。)

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Fujilog#4 「寺山修司」を展示する

ワタリウム美術館で開催中の展覧会、「寺山修司展『ノック』」の会場構成を担当した。ワタリウムで会場構成をするのは、南方熊楠、重森三玲に続いてこれが3回目である。別に展示のデザインが得意なわけではない(たぶんむしろ不器用な部類だろう)のに、どういうわけだかいつも伝説的な巨人の回ばかりが回ってくる。巨人を展示するのは難しい。熱烈なファンが多数いるし、いくつも展覧会や本がある。しかし、もちろんワタリウム美術館でやるからには、今までと違う本質的な切り口をどのように持たせるかがポイントで、これは毎回悪戦苦闘するのだが、これはどうもワタリウム側も同様らしく、どうやって展示をするのか美術館側にとって本当に悩ましい場合にどうやら僕は呼び出されているらしい。対話とは真剣な遊びであるという信条の僕からすると、毎回の無理難題のセッティングはなかなかにスリリングで、随分と建築家としての基礎体力を鍛えてもらっているように思う。

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Fujilog#3 「他者との対話」に学ぶ

Y-GSAに来て1年がたちようやくその生活に慣れてきた。Y-GSAは講評会が何しろスリリングだ。4教授それぞれ世代も考え方も異なるから、ビシビシと色んな角度から批評を受ける。4人とも歯に衣着せぬタイプであることが共通点だろうか。

他の大学院のスタジオを覗き見るとある程度の作業量と作業レベルがあれば「良くできる生徒」扱いを受けるのに対して、Y-GSAは今までの作品に関係なくその都度きびしい批評がある。もちろん厳しければ良いというものでもないが、こちらとしてはわざと厳しくしているわけでもなく、4教授とも事務所内と同じテンションで全力で批評してくる感じだ。

大変にハードだが、伸びる学生はべらぼうに伸びる。

しかしどうやら今のところ一番伸びているのは、助手のような気もする。Y-GSAの助手は、学生と同じく、4スタジオを順繰りに巡っていくので、4つのメソッドを吸収できる。(教授からすれば半年ごとに助手が変わるので全く楽ができない。)歴代の助手を見ても、末光さん、SALHAUSの日野さん、三浦さん、大西さん、畝森さんなどそもそも助手になる前から優秀であったが、さらにぐんぐん伸びている。

どんな学生でも伸びているわけではないのがポイントで、学生の皆さんはもちろん伸びたいだろうからこのあたりが気になるだろうが、統計を取っているわけではないのだけど伸びている学生を見ていると、設計課題の実力以前の人間力、例えば「性格の明るさ」「前向きさ」「人への興味」「好奇心」が重要なファクターな気がしている。

Y-GSAは真面目。社会的と。言われることが多いが、そもそも社会を考えるというのは、普段の思想の延長でよいはずなので、気負って勉強するものでもなく、しなければ評価されないからするというものでも、もちろんないというこの部分を読んで、そりゃそうだ。と思う学生はきっとY-GSAで伸びると思う。

社会的なキャラクターは当たり前だからと取り去って、Y-GSAを観たときに見えてくる魅力は、やはり4教授の歯に衣着せぬ多様なコメントである。西沢さんの歴史意識溢れるはっとさせられるシャープなコメント、小嶋さんのどーんと戦略的なひとこと、北山さんの永遠の学生運動家のようなロマンチックなメッセージ、私のおばちゃん的おしゃべりトーク。こんなに建築にまつわる言語が、豊富で多様な場所はないのである。

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Fujilog#2「決める」を積み重ね

実は7月から三か月、毎日新聞の火曜日の夕刊にエッセイの連載を持っています。新聞というのは私にとっては、社会の思考が交差する公共空間です。そんな場に文章を掲示することは、大変光栄なことであるというだけでなく、一般的な言葉使いで考えを伝える良い訓練になるだろうと思い、引き受けました。もっと早くお知らせしても良かったのですが、blogをちっとも更新しない私が、週刊連載のプレッシャーに耐えきれるのかがひたすら不安で、ゴールが見えてきたので、安心して掲載できます。

『こち亀』秋元治に改めて最大の敬意を表しつつ。

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Fujilog#1「都市を登り降りする」

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フジワラボの活動を本格化していく上で、まずは<拠点>が重要だなと思い、9月に事務所を引っ越し
た。外苑前、原宿、北参道、千駄ヶ谷どの駅からもだいたい徒歩15分くらいと程よく離れた場所で、
かなり気に入っている。あまり高いビルが建たない地域で僕たちの事務所は5階なので、窓もブライン
ドも全開にすると空が大きい。住宅地の親密なスケール感と、都心の活動の高密さとそのどちらも感じ
る場所なのだが東京という都市にしばしば見られるこうした性質の場所は、世界中の他のどの都市を探
しても見つからないのではないかと思う。

事務所はエレベータがないので5階分を一気に駆け上がることになるのだが都市をよじ登っているよう
な身体感覚があって、この場所を<拠点>にするようになってから都市が三次元的にずっと身近に感じ
られるようになった。気のせいかもしれないが、「都市に棲む」感じが前よりするなと思ってみると、
まさにそうだという気がしてくるから人間の感覚なんて随分といい加減なのだが、毎日せっせと都市を
登ったり降りたりしながら建築について議論をしている毎日である。(フジワラ)