「岡本太郎×建築」展 Okamoto Taro×Architecture

展覧会空間デザインについて・「未来を並置する太郎的都市のような空間」

建築と岡本太郎の関係は、ジャズのセッションのようなものだ。リズムとリズムのバトル。形と空間のぶつかりあい。ふとした偶然のようにはじまる掛け合いが、どんどん膨れ上がり、最後は建築を食い破ってにょきにょきと新しい全体性を指し示す。建築をやっている人間からすれば、岡本太郎といえばやはり大阪万博の太陽の塔ということになる。実はこの1970 年の大阪万博には、沢山の名パビリオン建築が建っていたのだが、振り返るといつもあの大屋根を切り裂いて建つ異形の塔にスポットライトがあたる。反建築のシンボルのようでもあるが丹下健三・磯崎新との決して相容れないセッションのような創造。パビリオン群が示すキラキラした未来に対して、それを食い破る対立衝動のような未来を同時に示す。複数の未来があっけらかんと並置され、大衆の共振を引き起こした人類史上の大事件であった。

複数の未来を並置する。清濁併せもった都市空間をつくるという、太郎的都市戦術を考える上で「いこい島」の計画も大変に重要だ。これは1964 年の東京オリンピックを振り返ったときに、第二の東京の可能性を示した数少ないアクションに位置づけもされるだろう。曰く、二つの東京を猛烈に競わせ、相互に刺激させる/行政、立法の機関も二つに引き裂かれる/東京の現在に不満を持つ、あるゆる人間がそこに移り住んでアンチ東京を結成する/十万でも二十万でも、夢の方に賭ける人間がより集まって新しい実験を猛烈にやる/煮えたぎる東京/もっとハツラツとしたアンチ東京。

建築家レム・コールハースと美術批評家ハンス・ウルリッヒ・オブリストは、この「いこい島」の計画に、太郎のパリ留学時代の影響を読み解く。1968 年の世界的な学生運動を準備した文化的社会的思想集団・シチュアシオニストの影響と繋がる創作だったのではないかというのだ。白か黒かをはっきりさせるのではなく、白も黒もつくってしまえというステートメント、1000 万人の東京に対して、例え10 万人でも良いという小さな運動から全体を食い破ろうとするゲリラ的戦術。建築だけでなくエンターテイメントやアートや音楽など統合的に次の都市をつくろうという態度。確かになかなか興味深い補助線である。

そんなわけで、岡本太郎と建築の展覧会の空間デザインを依頼された私がとった戦術というのは、この太郎の「いこい島」の計画を憑代に、川崎市立岡本太郎美術館の機能的空間をいかに食い破るかということである。二つの東京を並置したように、食い破りあう二つの美術館という関係をつくる。岡本太郎と建築家の衝突と協働の痕跡をキュレーター陣と対話しながら丁寧に展示し、さらにその上で美術館の中にふたつの空間性の衝突をつくる。

衝突と共振がつくるうねりのような場をつくれないかと考えている。